2022年12月、冬らしくなってきた頃。午前中に用事があったので済ませた後、新幹線に乗って米原駅へ行き、そのまま乗り換えて約20分で河毛駅に到着。
そして、約30分掛けていくと・・・。

小谷城に着きました!復元された「大手門」に着いたので、
そこから撮影を始めました。
簡単な歴史解説
室町時代後期〜安土桃山時代(浅井氏による築城と廃城)
正確な年は不明ですが、1525年頃に近江国北部の守護大名・京極氏に代わって
主導権を握り始めた浅井亮政によって築城されたと考えられています。
その後、京極氏に代わって近江国北部を支配するようになりますが、
1553年に近江国南部を支配していた六角氏に敗北したことで従属するようになります。
その後、1560年に浅井氏の当主となった浅井長政が六角氏と戦って勝利し
1567年には織田信長と婚姻同盟を結んだことで浅井氏は独立するようになります。
ですが、1570年に織田氏が朝倉氏の支配地域である越前国へ侵攻すると
同盟国であった浅井氏の家中で動揺が生じてしまい、朝倉氏を選んで
織田氏との同盟を破棄したことで両者は対立関係になります。
その後、同年に起きた姉川の戦いにて織田・徳川連合軍に敗北したことで
浅井氏の力は弱まっていき、1573年には織田勢に本拠地であった小谷城を
攻められ落城し、浅井氏は滅亡していまいました。
その後、織田信長が浅井氏の旧領の一部を羽柴秀吉に与え支配させましたが、
1575年に羽柴秀吉が長浜城を築城したことで、小谷城は廃城となりました。
現代まで
廃城となりましたが、土塁や石垣などの一部の遺構が綺麗に残っていました。
それもあり、1937年には国の史跡に指定されました。
その後は、発掘調査を経て登山道などが整備されたことで
現在では「本丸跡」などの各曲輪への散策や見学をすることができます。
また、かつて武家屋敷があった麓には「小谷城戦国歴史資料館」があり
当時の小谷城に関する資料や発掘された出土品などが展示されており、
城愛好家を中心に多くの人が訪れる場所となっています。
他の写真

先ほどの「大手門」から少し歩くと、「追手道」がありました。
その先には登山口があり、そこから登って行きました。

「追手道」の途中の道のりです。
このように足場が悪く険しかったので、登るのに苦労しました。

その後、頑張って登ると案内板がありました。
ここからは少しだけ整備されていたので、歩きやすかったです。

その後、案内板に沿って登っていくと「金吾丸跡」に着きました。
この場所は、浅井氏の同盟関係にあった朝倉氏の宿老であった
朝倉宗滴という人物が滞在し、六角氏との調停をする際に使用されたと伝わっています。

その後、さらに登って行くと「番所跡」に着きました。
登山道に沿って石垣が用いられ周囲を腰曲輪で固めており、
敵の侵入を防ぐように堅牢に造られていました。

その後、少し歩いていくと「御茶屋跡」に着きました。
看板に記載されている通り、「本丸跡」の最先端に位置しており、
「番所」と共に敵の侵入を防ぐために堅牢に造られていました。

その後、「御馬屋跡」と呼ばれる軍馬が飼われていた曲輪跡に着きました。
近くには「馬洗池」と呼ばれる池があり、現在でも水が湧き出ていました。

そのまま登って行くと「赤尾屋敷跡」に着きました。
重臣の1人だった赤尾氏の屋敷があったとされ
「本丸跡」に一番近い場所にあることから、
他の重臣たちよりも地位が高かったと考えられています。

「赤尾屋敷跡」から少し歩くと「桜馬場跡」に着きました。
かつては馬の訓練などに使用されていましたが、現在では広い曲輪跡となっています。
また、近くには浅井氏の供養塔が建てられていました。

そして、そのまま登っていくと「本丸跡」に着きました。
現存している数少ない石垣の土台があり、天守が築かれていたと考えられています。
また、古絵図には「鐘丸共」という記載もあったことから
鐘丸として機能していたということも考えられています。

日が暮れてきたので、急いで近くにあった「大堀切跡」に行きました。
この近くには「京極丸跡」「中丸跡」「山王丸跡」と各曲輪跡がありますが、
時間の都合で行くのを止めました。
スタンプ設置場所御城印販売場所
スタンプ設置場所:1.小谷城戦国歴史資料館
※営業時間・・・9:00 ~ 17:00
(入館は、16:30まで。)
※休館日・・・火曜日、年末年始
2.長浜市役所湖北支所
※開庁時間・・・9:00 ~ 16:45
※小谷城戦国歴史資料館の休館日である火曜日のみ設置されます。
御城印販売場所:小谷城戦国歴史資料館
※営業時間・・・9:00 ~ 17:00
(入館は、16:30まで。)
※休館日・・・火曜日、年末年始
アクセス
※「河毛駅」が最寄りとなっており、手段も徒歩かレンタサイクルしかありません。
可能であれば、自家用車で行くことをオススメします。
公共交通機関(京都駅)
① 京都駅 → 米原駅 → 河毛駅
A.「列車」で約1時間20分
B.「新幹線」で約40分
② 河毛駅 → 現地(小谷城戦国歴史資料館:ゴール)
・「徒歩」で約30分
公共交通機関(名古屋駅)
① 名古屋駅 → 米原駅 → 河毛駅
A.「列車」で約1時間30分
B.「新幹線」で約50分
② 河毛駅 → 現地(小谷城戦国歴史資料館:ゴール)
・「徒歩」で約30分
レンタサイクル(電動自転車)
① 河毛駅 → 現地(小谷城戦国歴史資料館:ゴール)
・「レンタサイクル」で約15分
自家用車
① 小谷城スマートIC → 現地(小谷城戦国歴史資料館:ゴール)
・高速道路を降りてから、約5分
終わりに
あれから、約3年ほど経ちました。
この日は午前中に用事があり済ましてから行ったので、
着いた頃には昼過ぎになってしまいました。
その為、急いで「本丸跡」まで行きましたが、
小谷城の登山道が思った以上に険しかったので、
着いた頃には夕方になってしまいました。
やはり、12月は日が沈むのが早いので、
ゆっくり見学することができませんね。
特に山城の場合、下山する時間も考えなくてはならないので、
尚更急ぎ足になってしまいます。
なお、今回は長期旅行となります。
次の日には違う場所にも行きましたので、後日記事を書く予定です。
どこかのタイミングで再度行こうと思います。
その時は、「京極丸」や「山王丸」といった曲輪跡も散策しようと思います。
・・・さて、今日はここまで。
次回も、お楽しみに!

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