※佐渡金山 の続きとなります。
佐渡金山を散策した後、そのままフェリーに乗って新潟へ戻り、新潟市内で1泊。
次の日、列車に乗って約1時間で村上駅に到着。
そこから、約30分掛けて歩いて行くと・・・。

村上城に着きました!登山口から撮影し始めました。
簡単な歴史解説
室町時代後期~安土桃山時代(築城と反抗と転封)
16世紀初頭に越後湯北衆の1つで越後小泉庄の領主であった、
本庄時長によって築城されたと言われています。
この城は臥牛山という山の上に築城され、
築城当初は木柵に囲まれた中世の城郭であり、「本庄城」と呼ばれていました。
1568年、当寺の城主であった本庄繁長は
越後一帯を手中に収めていた上杉謙信に反旗を翻し、この城に立て籠もって反抗します。
ですが、反抗も虚しく翌年の1569年に伊達氏・蘆名氏の斡旋を受けて講和し、
城はそのままでしたが一部の領地を没収され嫡子を人質に取られました。
1589年、本庄氏は会津国へ転封となり、
堀秀治の家臣であった村上頼勝が城主となり、
近世城郭への改修工事が始まりました。
江戸時代(改築と城主の移り変わり)
村上頼勝によって始まった改修工事は江戸時代になり村上藩が立藩してからも続いており、
1619年に入城した堀直寄によって完成し三層天守も造られました。
1642年、堀氏が御家断絶となったため幕府の直轄地となり、
1649年には姫路から松平直矩が入城し藩主となりました。
その後、1663年に松平氏によって大改修が行われましたが、
1667年の落雷によって天守と本丸櫓は焼失し、それ以降は再建されないまま
1729年に転封となり、代わりに内藤弌信が入城し、
明治維新を迎えるまで内藤氏が村上藩の藩主として治めるようになりました。
現代まで
幕末を迎える頃、内藤氏の家中では親幕府派と新政府派に分かれてしまいます。
1868年に戊辰戦争が起こると新政府軍に勝てないと判断した
親幕府派の藩士たちによって山麓にあった居館なども含め
火を放ったことで全焼してしまいます。
焼失後、石垣など一部分は残っており城として機能していましたが、
1871年には解体・売却され廃城となりました。
第二次世界大戦後から高度経済成長期にかけて区画整理が行われたことで
城下にあった土塁や堀が無くなりましたが、
臥牛山にあった城跡は「村上城跡保存育英会」によって維持・管理されてきました。
その努力の甲斐もあって、1960年に県の史跡として、
1993年には国の史跡に指定されました。
現在でも行政の手を借りつつ石垣などの遺構の維持・管理が行われています。
また、山頂まで遊歩道が整備されており、
城跡の散策や遺構の見学などで多くの人が訪れる場所になっています。
他の写真

登山道は綺麗に整備されており、歩きやすかったのでスムーズに登れました。
登った先には「四ツ門跡」と呼ばれる玄関とも言える門跡がありました。

「四ツ門跡」をくぐって右側に行くと「二の丸跡」に着きました。
そして、少し進むと「黒門跡」と「本丸跡」の石垣が見えてきました。
ですが、行った月より前にゲリラ豪雨があり、その影響で一部崩壊していました・・・。

道なりに進んでいくと「本丸跡」に着きました。
現在では、「天守台」や「神社跡」がありました。

「天守台跡」に着きました。江戸時代前期には三層天守が造られていましたが、
簡単な歴史解説に記載した通り、火事によって無くなり再建もありませんでした。

「本丸跡」から見た村上市内の景色です。悪天候だったのですが、
日本海まで綺麗に見ることができました。

村上城の案内図には、オススメのハイキングコースが書かれていたので少し歩いてみました。
整備されていない山道でしたが、途中には「曲輪跡」や「竪堀跡」がありました。

ハイキングコースの終盤には「馬冷やし場」と呼ばれる井戸がありました。
現在でも水が湧き出ており、結構大きな井戸でした。

その後、進んで行くと「調練場跡」と呼ばれる
曲輪跡に着きました。
この曲輪跡には櫓跡があり、当時は「三の丸」として機能していました。

その後、そのまま下山し少し散策すると「城主居館跡」がありました。
この場所には、城主が居住していた館があり、
幕末に焼失し現在は広場となっていました。
スタンプ設置場所と御城印販売場所
スタンプ設置場所:1.村上市郷土資料館(おしゃぎり会館)
※営業時間・・・9:00 ~ 16:30
2.東北電力村上電力センター エントランス(正面入口)
※営業時間・・・24時間
御城印販売場所:藤基神社
※営業時間・・・9:00 ~ 17:00
アクセス
公共交通機関(駅)
① 新潟駅 → 村上駅
・「普通列車」で約1時間10分
※「快速列車」で約55分
※「特急列車」で約45分
② 村上駅 → 二之町
・「バス」で約10分
③ 二之町 → 現地(ゴール)
・「徒歩」で約5分
※バスの便数が非常に少ないので、徒歩だけで行く可能性が高いです。
(「徒歩」だけだと現地まで約30分で着くことができます。)
公共交通機関(空港)
① 新潟空港 → 新潟駅
・「バス」で約30分
② 新潟駅 → 村上駅
・「普通列車」で約1時間10分
※「快速列車」で約55分
※「特急列車」で約45分
③ 村上駅 → 二之町
・「バス」で約10分
④ 二之町 → 現地(ゴール)
・「徒歩」で約5分
自家用車
① 村上瀬波温泉IC → 現地(ゴール)
・高速道路を降りてから、約5分
終わりに
あれから、約3年ほど経ちました。
この日は他にも行く場所があったので、
日が昇る前にチェックアウトして行きました。
10月でしたが、北の方に行ったので、さすがに寒かったです。
なので、カイロ代わりに缶コーヒーを自販機で買おうとしましたが、
時期的に無く震えながら歩きましたw
幸い、城の散策する頃には太陽が登ってきたので
寒さも和らいで散策しやすかったです。
また、写真にもありましたが、二の丸跡から本丸跡にかけての道が
ちょうど行く1ヵ月前に発生したゲリラ豪雨によって崩れており、
間近で見て改めて自然災害の脅威を感じました。
なお、長期の旅行ですので、この後も違う場所に行っています。
それについては明日記事にして投稿します。
どこかのタイミングで行く際は、元通りに整備されているかと思います。
そして、もう少し暖かい時期に行ってじっくり散策しようと思います。
・・・さて、今日はここまで。
次回も、お楽しみに!

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