長篠城
【名城:No.46】

中部地方

古宮城 の続きとなります。
古宮城を散策した後、そのまま豊橋駅へ戻りホテルで1泊。
次の日、朝早くから列車に乗り、約1時間10分掛けて長篠城駅に到着。
そして、約10分掛けて歩いていくと・・・。

長篠城に着きました!「帯郭跡」にある「長篠城址史跡保存館」から写真を撮り始めました。

簡単な歴史解説

室町時代後期〜安土桃山時代(築城と合戦、そして、廃城)

菅沼元成という人物が1508年に現在の地に築城しました。
築城後、菅沼氏は東三河の有力氏族として活躍し、今川氏から独立した徳川家康に服属します。
服属後も城主として支配しており、1571年に武田信玄による侵攻を受けたものの、
犠牲を出しながらも落城せずに守り切ります。
ですが、本家であった田峰菅沼氏の説得により不本意でしたが
徳川氏を裏切り甲斐武田氏に従いました。

1573年、武田信玄の病気が悪化したことで甲斐武田氏は撤退し始めました。
好機と見た徳川家康は、撤退後すぐに長篠城を侵攻します。
侵攻を受け、城主・菅沼正貞は開城して退去したことで徳川氏が支配するようになり、
対甲斐武田氏の最前線となったため、大改修工事を行いました。

1575年、武田信玄の跡を継いだ武田勝頼が奪還するために長篠城へ侵攻します。
その際、徳川氏に従っていた奥平貞昌が籠城して迎え撃ちます。
敵の大軍による包囲によって落城寸前まで追い詰められましたが、
奥平貞昌は家臣・鳥居強右衛門を使者として送り、
織田・徳川連合軍からの援軍の要請に成功し、
救出されるまで敵の攻勢からしのぎました。
これにより、武田勝頼は織田・徳川連合軍と戦わざるを得なくなり、
設楽原で両陣営が衝突し、武田勝頼は多くの家臣を失って敗北し退却しました。

その後、1576年に奥平氏は甲斐武田氏に備えて築城した
新城城を居城としたため長篠城は役目を終え、
そのまま廃城となったと考えられています。

江戸時代~現代まで

廃城となりましたが、1698年に大身旗本であった一色直興が知行替えで
領することになり、二の丸跡に陣屋が建てられていましたが、
明治維新を迎える頃には無くなり、石碑が建てられました。

明治時代になると城跡の大部分が農作地や住宅地になり
鉄道も走るようになりましたが、本丸跡を中心に
一部の遺構が綺麗に残っていたのもあり、
1929年に国の史跡に指定されました。


その後、1964年に「長篠城址史跡保存館」が建てられ、
現在まで長篠城の歴史に関する資料が展示されています。
また、すぐ近くに本丸跡があり見学しやすいように綺麗に整備され、
「長篠城址史跡保存館」と共に多くの人が訪れる場所になっています。

他の写真

「長篠城址史跡保存館」から少し歩くと「本丸跡」に着きました。
なお、左側には土塁があり登ることができます。

「本丸跡」の奥へ行き振り返って写真を撮りました。
なお、後ろ側には鉄道が通っており、時折列車が走っていました。

「本丸跡」を出て右側に行くと「空堀」がありました。
結構な深さがあり、覗くだけでも足がすくんでしまいましたw

その後、道路を挟んで反対側に行くと「二の丸跡」がありました。
かつては食糧庫があったそうで、江戸時代には陣屋が建っていました。

その後、少し歩くと「巴城郭(はじょうくるわ)跡」がありました。
現在では広い原っぱとなっており、これといった遺構がありませんでした。

駅のほうへ向かって戻っていると「瓢郭(ふくべくるわ)跡」に着きました。
その先には線路が敷かれているので、立ち入らないように柵で囲われていました。

オマケの写真

せっかくなので、朝一に「三河東郷駅」に降りて約30分掛けて歩き、
長篠・設楽原の戦いが行われた場所に行きました。
写真のように当時の馬防柵が設けられていました。

奥へ行くと、織田信長が用いた三段構えについて書いてました。
少し昔だと3人1組になって交代しながら撃ったと書かれていますが、
近年では土塁を造って3段に分けて一斉射撃をしていたと考えられています。

せっかくなので、武田勝頼側から見た馬防柵の写真も撮りました。
武田騎馬隊が戦いにくい水田地帯を選び、誘いやすいようにわざと1本道を造るなど
織田信長がいかに計算して布陣していたのが分かりました。

その後、「三河東郷駅」へ戻り列車に乗って「鳥居駅」に行きました。
そして、約30分掛けて歩いていき、鳥居強右衛門が磔にされた場所に行きました。
現在は森に覆われて見えないですが、森の先に川を挟んで長篠城があります。

スタンプ設置場所御城印販売場所

スタンプ設置場所:長篠城址史跡保存館・1階
         ※自動販売機の横(野外)に置いてあるので、
          時間に関係なく押印することができます。
御城印販売場所:長篠城址史跡保存館

        ※営業時間・・・9:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
        ※休館日・・・火曜日、年末年始

アクセス

公共交通機関(名古屋駅)

① 名古屋駅 → 豊橋駅 → 長篠城駅
 A.「列車」で約2時間30分
 B.「新幹線」と「列車」で約1時間30分
② 長篠城駅 → 現地(ゴール)
 ・「徒歩」で約10分

公共交通機関(豊橋駅)

① 豊橋駅 → 長篠城駅
 ・「列車」で約1時間10分
② 長篠城駅 → 現地(ゴール)
 ・「徒歩」で約10分

公共交通機関(中部国際空港)

① 中部国際空港 → 神宮前駅 → 豊橋駅 → 長篠城駅
 ・「列車」で約2時間30分
② 長篠城駅 → 現地(ゴール)
 ・「徒歩」で約10分

自家用車

① 新城IC → 現地(ゴール)
  ・高速道路を降りてから、約5分

終わりに

あれから、約3年ほど経ちました。
この日は古宮城の時と同様に快晴だったので、
とても散策がしやすかったです。

せっかく来たので「本丸跡」だけでなく
長篠・設楽原の戦いの舞台になった場所にも行きました。
実際にこんな感じで戦ったのかと思い感動しました。

また、ここだけでなく鳥居強右衛門が磔にされた場所にも行きました。
伝説とはいえ、主君のために岡崎城まで走って
最期まで主君に忠義を尽くした姿は、まさに天晴だと思います。
誰かが言ってましたが、まさに「戦国版走れメロス」だと思います。

なお、この後も違う場所に行っています。
それについては、後日記事を書く予定です。

どこかのタイミングで再度行こうと思います。
その時は、もっと周辺地域を散策しようと思います。

・・・さて、今日はここまで。
次回も、お楽しみに!

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