※今回は、とある事情により舎利殿がある境内の写真を使用していません。
詳細は「終わりに」にて記載しています。
2022年11月、西日本でも紅葉の見頃を迎えたこの時期。
夜行バスに乗り、一夜掛けて京都駅へ到着。
その後、人が少ないうちにバスに乗り、約35分掛けて「金閣寺通」に到着。
そして、そこから約5分掛けて歩いて行くと・・・。

金閣寺に着きました!入口近くの看板と紅葉を撮りました。
簡単な解説
かつてこの地は、西園寺公経という人物が1224年に西園寺を建立し
「北山第」という山荘と庭園を造営し以後も西園寺氏が所有していました。
ですが、南北朝時代になると当時の当主・西園寺公宗が後醍醐天皇の暗殺を
企てたことが発覚したことで処刑と同時に没収され荒廃の一途をたどっていきます。
そして、荒廃したこの地を室町幕府3代将軍・足利義満が所有し
1397年に創建し、1399年には現在の舎利殿が完成したと考えられています。
足利義満が死去した後は妻である日野康子の御所となりましたが、
1419年に彼女も死去したことで舎利殿以外の建造物が解体され
1420年には現在の名称である「鹿苑寺」となり禅寺となりました。
その後、1467年に起きた応仁の乱によって
境内が荒廃し多くの建造物が焼失するなど戦国時代では悲惨な状況になりましたが、
災難に見舞われましたが、江戸時代になると徳川家康の命によって住職となった
西笑承兌(さいしょう じょうたい)という人物によって主要な建造物が再建され、
1649年には舎利殿も大修理されました。
明治時代になると、廃仏毀釈によって全国各地にあった寺社の多くが
寺領を返上され経済的基盤を失う中、当時の住職・貫宗承一が
1894年に庭園および金閣を一般公開し、拝観料を徴収することで収入を確保しました。
その後、庭園は1925年に国の史跡・名勝に指定され、
1956年には国の特別史跡・特別名勝に指定されました。
舎利殿も1929年に国宝として指定されていましたが、
1950年に起きた放火事件によって焼失したことで国宝から外されました。
焼失しましたが1955年に再建され、その後も何度も修復が行われました。
また、庭園も綺麗に整備され保全されていたことで、1994年には
ユネスコ世界遺産の文化遺産「古都京都の文化財」として登録されました。
文化遺産として登録されましたが、現在でも一般公開されており
撮影スポットやルートが整備されているので見学しやすくなっています。
また、文化遺産に登録される前から修学旅行の定番として多くの学生が訪れており、
さらにインバウンドによって多くの外国人も訪れる場所にもなり、
京都を代表する観光地となっています。
ゲーム内画面

ゲーム内画面は、このようにシンボルとして表示されます。
他の写真

先ほど撮影した看板には、金閣寺の境内や周辺の施設についての写真がありました。
実際の境内にある舎利殿は、看板の「金閣」と同じ形をして綺麗でした。

帰り間際、紅葉の木があったので写真を撮りました。
地面にある落ち葉が紅葉の絨毯となっており、木と合わせて綺麗でした。
アクセス
公共交通機関
① 京都駅 → 金閣寺通
・「バス」で約35分
② 金閣寺通 → 現地(ゴール)
・「徒歩」で約5分
自家用車
① 京都南IC → 現地(ゴール)
・高速道路を降りてから、約25分
終わりに
あれから、約3年ほど経ちました。
今回は、西日本でも紅葉が見たいと思い
せっかくなので京都の金閣寺へ行こうと考え行きました。
さて、先ほど記載しましたが、
今回は舎利殿がある境内の写真を使っていません。
実は、金閣寺では営利目的での写真を禁止しています。
私は、現在はまだしていませんが、
将来的に広告を付けようと考えています。
その広告も営利目的の対象となってしまうので、今回は
舎利殿がある境内(受付での支払いをした先から)は使いませんでした。
一応、私は受付で料金を支払ってから、ちゃんと舎利殿を見てきました。
晴天だったのもあり、金色も相まって綺麗でした。
また、修学旅行の学生や外国人観光客も多くいました。
なお、この日は列車とバスを使って
とある場所まで飛ばしています。
それについては来週の月曜日に投稿します。
どこかのタイミングで行けたら、また見に行きたいと思います。
その時は、紅葉以外のシーズンで見学しようと思います。
・・・さて、今日はここまで。
次回も、お楽しみに!
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